横溝正史

2019年9月23日 (月)

横溝正史の埋もれている捕物作品の発掘

捕物出版から刊行された横溝正史の「朝顔金太捕物帳(全14話)」(2019年9月20日発行)を入手しました。
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「朝顔金太捕物帳」は、『講談雑誌』(昭和19年1月~昭和20年10月)に掲載された横溝正史の作品です。
『講談雑誌』は、古書の中でもなかなか手に入れることが難しく、現物をすべて入手することはあきらめざるを得ないと思っています。

参考までに、今まで収集した作品(10話分)の掲載雑誌及び単行本を以下に紹介します。
作品の内訳は、講談雑誌が5冊で5話、単行本が4冊で5話になっています。

「講談雑誌」(第三十巻第三号・六号・七号・十一号、第三十一巻第三号)
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「消える虚無僧」(巧文社1948年)
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「朝顔金太捕物帖」(草人社1946年)
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「朝顔金太捕物帖」(草人社1947年)
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「奇傑左一平」(出版芸術社2004年)
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捕物出版(http://www.torimono.jp/)は、「埋もれた捕物小説を再び世に出そうという大志を抱いた出版社」であり、世に埋もれている作品を本にして刊行しようとしている出版社です。

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2019年8月23日 (金)

横溝正史「女の墓を洗え」について

横溝正史の「女の墓を洗え」は、『野性時代』(1980年5月号)に1981年新春からの連載予定として掲載されています。
また、未筆であることも、よく知られています。
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今回、「女の墓を洗え」と思われる横溝正史のエッセイを入手しました。
横溝正史は、『週刊サンケイ』(1980年2月14日号)の「読者の広場」のエッセイ「ちかごろ」の中で、作品構想を語っていました。

”野性時代連載中の「悪霊島」(1980年5月号で完結)の次に「金田一耕助」で連載しようと考えている。”
”(内容は)少し目安がついている。”
”これからアイデアをじっくり固めたい。”

これらのことと『野性時代』の連載予定から、「ちかごろ」の作品構想は、『野性時代』の1981年新春から連載される金田一耕助の「女の墓を洗え」であると思われます。
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「金田一耕助」もので未筆の「女の墓を洗え」と「千社札殺人事件」は、エッセイ「金田一耕助との対話」(『朝日新聞』1979年6月30日夕刊)に今後の予定として挙げられています。
しかし、横溝正史が死去(1981年12月28日に永眠)したため、「女の墓を洗え」「千社札殺人事件」は永遠に読むことができなくなりました。

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2019年8月 4日 (日)

横溝正史「孔雀夫人」のタイトルは「孔雀會館」だった?

横溝正史の「孔雀夫人」は、『新女苑』の昭和12年7月号から連載が開始され,昭和12年12月号で完結しました。
今回、『新女苑』の昭和12年6月号を入手することができ、横溝正史の「作者の言葉」を読むことができました。

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それによりますと、次号から連載するタイトルは「孔雀會館」で、東京の山の手と下町の中間に建っている一つのアパート「孔雀會館」に住んでいる数名の男女を中心とした物語で、探偵小説と風俗図絵になるそうです。
また、編集後記にも、次号から横溝正史の「孔雀會館」が連載されると触れてありました。

しかし、『新女苑』の昭和12年7月号では、「孔雀夫人」というタイトルで、内容も「作者の言葉」に書かれていた「孔雀會館というアパート」もありませんでした。

では、「作者の言葉」にある「孔雀會館を題材にした作品」はどうなったのでしょうか。
昭和12年頃に発表した横溝正史の中篇・長篇作品を調べて見ましたが、よく分りませんでした。

いずれにしても、この「孔雀夫人」は、私にとって興味深い作品の一つです。
(『横溝正史の「孔雀夫人」の初出誌』『横溝正史「孔雀夫人」の初出誌(2)』)


追記
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2016年9月 4日 (日)

横溝正史「孔雀夫人」の初出誌(2)

横溝正史の「孔雀夫人」の初出誌(http://hiroshioka1125.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-166a.html)についての続きです。
『新女苑』の昭和12年7月号と昭和12年12月号の2冊を入手することができました。

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「孔雀夫人」は、昭和12年12月号で完になっていました。
したがって、「孔雀夫人」の初出誌は、新女苑の昭和12年7月号から昭和12年12月号にかけての連載と分りました。
8月号から10月号の三冊が未見ですので、連載が全何回なのかは確認できていません。
機会がありましたら、さらに精査していきたいと思います。

追記
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2016年8月30日 (火)

横溝正史「孔雀夫人」の初出誌

横溝正史の「孔雀夫人」の初出誌は、角川文庫『塙侯爵一家』(昭和53年2月)の中島河太郎の解説で「昭和十二年七月から九月にかけて『新女苑』に連載」と説明されています。
しかし、『新女苑』(昭和12年11月号)を入手することができ、「孔雀夫人」が同誌に連載されていることが分かりました。

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連載内容を読むと、最後に「(以下次號)」と書かれていました。
したがって、「孔雀夫人」の初出誌は『新女苑』の昭和12年9月にかけてでなく、12月以降まで連載されていることが分かりました。
機会がありましたら、連載の初回号も見てみたいと思います。

追記
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2015年7月31日 (金)

横溝正史の随筆「向ふ三軒」

横溝正史が上諏訪で転地療養生活を送っていた頃に書かれたエッセイを見つけました。
このエッセイのタイトルは「向ふ三軒」で、野田書房が昭和1938年1月~8月に発行した随筆雑誌『三十日』(1938年7月号)に掲載されています。
横溝正史は、1933年5月に喀血し、1933年7月から富士見高原療養所で3ヶ月療養し、秋に一旦帰京します。
翌年の1934年7月に上諏訪に転居し、1939年12月まで5年超の転地療養生活を送りました。
「向ふ三軒」は、横溝正史が上諏訪から吉祥寺に帰京する1年前に書かれた随筆です。

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2012年7月20日 (金)

横溝正史とカラヤン

20世紀を代表するオーストリア出身の指揮者で、帝王と称された「カラヤン」について書かれた横溝正史のエッセイを見つけました。
このエッセイのタイトルは「カラヤン知らず」で、『カラヤンの世界(学習研究社1978年10月刊)』に収録されています。

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横溝正史の小説で、音楽に関連した作品は、「悪魔が来りて笛を吹く」や「蝶々殺人事件」などがあります。

追記
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